2018年 春期 応用情報技術者試験 問9

ERPソフトウェアパッケージ導入プロジェクト

O 社は,ホームセンタをチェーン展開する中堅企業である。O 社では,"良質の商品を低価格で販売する"という経営方針の下で売上を伸ばし,事業規模を拡大してきた。O社の店舗業務管理システムはこれまで,店舗ごとの販売管理手法と売れ筋商品に合わせて改修してきたので,店舗の業務の標準化が進まず,業務の効率向上が重要な課題となっている。O社では,この課題に対応するためのプロジェクト(以下,本プロジェクトという)を立ち上げることにした。

[本プロジェクトの概要]

(1) ERPソフトウェアパッケージの導入

・小売業界で広く採用されているP社のERPソフトウェアパッケージ(以下,パッケージという)を導入する。その理由は,スクラッチ開発よりも低コストでの導入が可能であり,かつ,パッケージに合わせて全店舗の業務を標準化することによって,業務効率を上げることができるとO社の経営層が判断したからである。

・パッケージの導入対象業務は,店舗に関わる販売管理(需要予測を含む),在庫管理,購買管理,会計管理及び要員管理である。

・特に,販売管理業務は,各店舗での独自の販売管理手法によって,売上拡大に大きく寄与している重要な業務である。

(2) 本プロジェクトの立上げ

・本プロジェクト全体の予算は8,000万円で,期間は6か月間である。経営層から,6か月後の稼働が必須との指示が出ており,予算もスケジュールも余裕がないプロジェクトとなっている。

・プロジェクトマネージャ(PM)には,O社IT部門のW氏が任命された。

・特に,リスクマネジメントを重視し,計画・管理・対応策について検討する。

[リスクマネジメント計画]

(1) リスクマネジメントの現状

O社にとっては,今回のような全社にわたるパッケージ導入プロジェクトは初めての経験であるが,従来どおりIT部門が主導的な立場で推進することになった。

以前のプロジェクトでは,リスクマネジメントが十分に機能しておらず,様々なリスクが顕在化していた。例えば,業務部門から重要条件として提示された条件の中に,実際には重要度がそれほど高くない条件が含まれている場合もあった。

そのような場合でも,条件の採否決定のベースとなる重要度を評価するための社内基準がないので,IT部門での重要度の判断を属人的となり,多くは見直されなかった。また,業務部門と重要度を調整する場を設けなかったので,結果として重要度にかかわらず全ての条件を受け入れざるを得なくなるというリスクが顕在化し,プロジェクトの全体予算を超過したことがあった。

(2) リスクの特定方法

W氏は,本プロジェクトにおいてリスクマネジメントをしっかり行うために,まずプロジェクト予算超過のリスクを次の方法で特定し,リスクマネジメント計画書に記載した。

・本プロジェクトのプロジェクト企画書,現行システムの仕様書から,予測されるリスクを抽出する。

・IT部門でリスクに関するブレーンストーミングを行い,リスクを洗い出す。

①IT部門のPM経験者に対して,過去に担当したプロジェクトの経験から,今後発生が予測されるリスクに関してアンケートを行い,その結果を回答者にフィードバックする。これを数回繰り返してリスクを集約し,リスク源を特定する。

次に,W氏は,この方法では特定できない未知のリスクが発生した場合の対策として,本プロジェクト全体の予算の5%を,aとして上乗せすることを,経営層に報告し,承認を得た。

[リスクの管理]

W氏は,特定したリスク源を,リスク管理表にまとめた。表1は,その抜粋である。表1中の"カスタマイズ"とは,O社の要求で機能を変更・追加したモジュールをパッケージに組み込むことをいう。

表1 W氏が作成したリスク管理表(抜粋)
No.リスク源事象発生確率(%)
1IT部門に,業務に精通した要員が不足している。条件の取りまとめが不十分で,条件が確定しない。80
重要度がそれほど高くない条件でも,全て受け入れてしまい,プロジェクトの予算を超過する。80
2フィット&ギャップ分析の結果,ギャップを埋めるアップに対応するので,カスタマイズの費用が増える。80
3業務仕様・システム仕様の変更プロセスが決められていない。必要以上に業務部門から業務仕様・システム仕様の変更を受け入れてしまい,プロジェクトの予算を超過する。50
4パッケージ導入の意図・目的が,IT部門から業務部門に周知徹底されていない。過剰なカスタマイズ要求で,カスタマイズの費用が増える。50
5パッケージ導入に精通した要員が不足している。工数が見積りよりも増加し,プロジェクトの予算を超過する。80

[リスク対応策]

W氏は,特定したリスク源への対応策を検討して一覧にまとめ,経営層の承認を得た。表2は,その抜粋である。ここで,"No."は表1の"No."に対応する。

表2 リスク対応策一覧(抜粋)
No.対応策
1・条件の取りまとめに当たっては,O社のIT部門よりも業務に精通しているP社に支援してもらう。
・IT部門が,条件採否のベースとして,条件のbを定める。
・業務部門から提示された条件について,重要度,コスト及びスケジュールを勘案した上で,条件の採否を決定する。その最終決定権はIT部門がもつこととし,決定事項について経営層の承認を得る。
2,4・重要な業務でカスタマイズが必要になった場合で,プロジェクト予算を超過する際は,稼働後1年以内にカスタマイズ費用を回収できることを条件に検討する。
・②カスタマイズの対象業務を販売管理業務に限定し,その他の業務については,パッケージに合わせて業務を標準化することをプロジェクト基本計画書に記載し,経営層の承認を得る。
3・仕様変更のプロセスを定め,業務部門からの提示された仕様変更の要求・依頼を管理する。
5c

[カスタマイズの方針]

W氏は,投入可能なカスタマイズ費用の上限を見積もることにした。稼働してから1年間の景気動向予測では,好景気の確率が70%,不景気の確率が30%であり,カスタマイズの有無によって月間利益増加見込額が,表3のように変動することが予想されている。

なお,表3の月間利益増加見込額は,現行システムを継続利用する場合を基準としている。パッケージを導入した場合,カスタマイズをしなくても業務の効率向上によって,利益の増加が見込めるが,各店舗独自の販売管理手法を全て実現するというカスタマイズをした場合,更に利益の増加が見込める。

表3 カスタマイズの有無による月間利益増加見込額
ケース単位 万円
好景気の場合不景気の場合
カスタマイズをする場合10040
カスタマイズをしない場合6030

W氏は,販売管理機能のカスタマイズをする場合としない場合について,表3を基に月間利益増加額の期待値を算出した。その結果,投入可能なカスタマイズ費用を,d万円と見積もった。さらに,③カスタマイズをする場合の,品質低下以外のリスクについても検討した。

[リスクの監視・コントロール]

本プロジェクトが開始され,現在,IT部門で条件の取りまとめを行っているところである。この段階で,一部の業務部門から,"IT部門が基準に従って評価した重要度を条件の採否決定前に業務部門で確認できないので,本当に必要な条件が受け入れられなくなるのではないか"という不安の声が寄せられた。W氏は,これを二次リスクと認識し,④リスク対応策の内容を変更することにした。

出典:平成30年度 春期 応用情報技術者試験 午後I 問9