2024年 春期 応用情報技術者試験 問9
IoT活用プロジェクトのマネジメント
P農業組合が管轄する地域では、いちご栽培が盛んである。いちごは繁殖率が低く、栽培技術の向上や天候不順への対応が必要である。P農業組合員のいちご栽培農家は温度調節や給水などの栽培管理を長年の経験と勘に頼っていたので、一部の農家を除いて生産性が低い状態が続いていた。そこで、数年前に生産性向上を目指してW社のIoTシステムを導入した。IoTシステムの主な機能は、次のとおりである。
・栽培ハウス(以下、ハウスという)内外に環境計測用センサー(以下、Kセンサーという)、温度調節や給水などを行う装置、装置に無線で動作指示する制御機器(以下、S機器という)を設置する。
・Kセンサーは、温度、湿度などの環境データを取得してS機器に送信する。
・S機器は、受信した環境データと、S機器の動作指示を制御するパラメータ(以下、制御パラメータという)とを基に、装置に温度調節や給水などの動作指示をする。
・農家は、その日の天候及びP農業組合内に設置されたデータベース(以下、DBという)サーバに蓄積された過去の環境データを参考にして、より良い栽培環境になるように、農家に配付されているタブレット端末を使って制御パラメータを変更できる。
【SaaSを活用したIoTの効果向上】
IoTシステムの導入によって、ハウス内の温度や湿度などをコントロールできるようになった。しかし、大半の農家では、過去の環境データを分析して制御パラメータを最適に設定することが難しかったので、期待していたほどの効果は出ていなかった。
そこで、P農業組合のQ組合長はA社に支援を依頼した。A社は、ICTを活用した農作物の生産性向上に資するデータ分析サービスをSaaSとして提供する企業である。A社のB部長は、導入したIoTシステムの効果を向上させるために、A社のSaaSを活用して制御パラメータを自動的に変更するサービス(以下、本サービスという)の導入を提案しようと考えた。
A社のSaaSは、実装されたAIのデータ分析を最適化するためのパラメータ(以下、分析パラメータという)を参照し、過去と現在の環境データ、及び外部気象サービスが提供する予報データを統合して分析する。本サービスでは、この分析結果から最適な制御パラメータを算出してS機器に送信し、制御パラメータを変更する。
提案に先立って、B部長はQ組合長に、A社のSaaSにはW社のIoTシステムとの接続実績がなく、またA社にはいちご栽培でのデータ分析サービスの経験がないので、分析パラメータの種類の選定及び値の設定の際に、試行錯誤が予想されることを説明した。さらに、B部長は、本サービスの実現に不確かな要素は多いが、導入を試してみる価値があると伝えた。Q組合長はこれらを理解した上で、本サービスの導入プロジェクト(以下、SaaS導入プロジェクトという)の立ち上げを決定し、Q組合長自身がプロジェクトオーナーに、B部長がプロジェクトマネージャになった。
B部長は、プロジェクトの目的を"農家が、本サービスを使っていちご栽培を改善し、より良い収穫を実現すること"にした。なお、SaaS導入プロジェクトが完了して本サービスが開始されるときの分析パラメータは、プロジェクト活動中にいちご栽培に適すると評価された設定値とする。本サービス開始後、農家は、タブレット端末から分析パラメータの設定をガイドする機能(以下、ガイド機能という)を使って設定値を変更できる。その際、P農業組合は、農家がガイド機能を活用できるような支援を行う。本サービスを導入したシステムの全体の概要を図1に示す。
【概念実証の実施】
B部長は、①SaaS導入プロジェクトの立ち上げに先立って、概念実証(Proof of Concept 以下、PoCという)を実施することにした。PoCの実施メンバーには、A社からB部長のほかに、導入支援担当としてC氏が選任された。C氏は、IoTシステムとのデータ連携機能の開発経験があり、また様々なデータ分析の手法を熟知していた。
P農業組合からは、いちご栽培の熟練者であるR氏が選任された。また、P農業組合からW社に、IoTシステムとA社のSaaSとのデータ連携に関する支援を依頼した。
PoCの実施に当たって、P農業組合がいちご栽培の独自情報を開示すること、A社及びW社が製品の重要情報を開示することから、3者間でaを締結した。
PoCでは、IoTシステムが導入された農家で実際に栽培している環境の一部(以下、PoC環境という)を使うことにした。A社とW社が協力してIoTシステムとA社のSaaSとの簡易なデータ連携機能を開発し、P農業組合内に設置されたDBサーバに蓄積された過去の環境データを利用することにした。C氏が分析パラメータの種類の選定と値の設定を担当し、R氏が装置への動作指示の妥当性を評価することになった。
PoCは計画どおりに実施された。IoTシステムとA社のSaaSとのデータ連携は確認され、分析パラメータの種類の選定と値の設定に基づく動作指示も妥当であった。一方で、R氏から、Kセンサーの種類を増やして精度、形状、色つきなどの多様なデータを取得し、きめ細かく装置を制作させたいとの意見が出された。これに対してC氏は、Kセンサーの種類を増やすとデータ連携機能の開発規模が増え、かつ、分析パラメータの種類の再選定が必要になると指摘した。
B部長は、PoCによって得られた本サービスの実現性の検証結果に加え、導入コスト、導入スケジュールなどを提案書にまとめた。A社内で承認を受けた後、B部長はQ組合長にA社のSaaS導入提案を行って了承され、準委任契約を締結してSaaS導入プロジェクトが立ち上げられた。
【SaaS導入プロジェクトの計画】
SaaS導入プロジェクトには、PoCの実施メンバーに引き続き参加してもらい、A社からの業務委託でW社も参加することになった。現在のIoTシステムに追加するKセンサーの種類の選定はR氏が中心になって進め、IoTシステムとA社のSaaSとのデータ連携機能の開発及び分析パラメータの種類の選定と値の設定はC氏がリーダーになって進める。さらに、P農業組合の青年部からいちご栽培の経験がある2名が、利用者であるいちご栽培農家の視点で参加することになった。Q組合長は、この2名に②R氏及びC氏と協議しながら分析パラメータの値を設定するよう指示した。
B部長は、プロジェクトメンバーとともにプロジェクト計画の作成に着手し、プロジェクトのスコープを検討した。SaaS導入プロジェクトには、二つの作業スコープがある。一つは、Kセンサーの種類の追加というW社側の作業スコープである。もう一つは、Kセンサーの種類の追加に対応したデータ連携機能の開発及び分析パラメータの種類の選定と値の設定というA社側の作業スコープである。この二つの作業スコープは密接に関連しており、W社側の作業スコープの変更はA社側の作業スコープに影響する。B部長は、まずPoCの実施結果を基に、PoC環境の規模から実際に栽培している環境の規模に拡張することを当初スコープにした。このスコープでサービスを開発し、開発したサービスをプロジェクトメンバー全員で検証、協議した上で、開発項目の追加候補を決めてスコープを変更する開発アプローチを採用することにした。
B部長は、この開発アプローチでは適切にスコープをマネジメントしないと③スコープクリープが発生するリスクがあると危惧した。そこで、スコープクリープが発生するリスクへの対応として、b及びcのベースラインを基に次のスコープ管理のプロセスを設定した。
(1) 追加候補の開発項目を、スコープとして追加する価値があるか否かをプロジェクトメンバー全員で確認し、追加の可否を判断する。
(2) 追加候補の開発項目を加えたスコープがベースラインに収まれば追加する。
(3) 追加候補の開発項目を加えたスコープがベースラインに収まらず、スコープ内の他の開発項目の優先順位を下げられる場合は、優先順位を下げた開発項目をスコープから外し、追加候補の開発項目をスコープに追加する。
(4) 他の開発項目の優先順位を下げられない場合は、スコープが拡大してしまうので、プロジェクトの品質を確保するためb及びcのベースラインの変更をプロジェクトオーナーに報告し、変更可否を判断してもらう。
次に、B部長は、本サービスは、Kセンサー、装置、S機器などの多種多様なIoT機器、及びA社のSaaSで実現するシステムであることから、テスト項目数が多くなると予想し、テストで着目する点を明確にして効率よくテストを実施すべきだと考えた。PoCの実施環境、実施状況、及び実施結果を踏まえ、次のとおり着目する点を設定してテストを実施することにした。
(ⅰ) 利用規模を想定して、IoT機器の接続やデータ連携に着目したテスト
(ⅱ) 同一ハウス内で動作する複数の装置の組合せに着目したテスト
(ⅲ) 利用場所、利用シーンに着目したテスト
(ⅳ) システムやデータの機密性、完全性、可用性に着目したテスト
本サービスをP農業組合へ導入したことをもってプロジェクトは完了するが、農家はいちごの栽培を続け、収穫によって導入効果を評価する。④B部長は、プロジェクトの完了時点では、プロジェクトの目的の実現に対する真の評価はできないと考えた。
そこで、B部長は、A社とP農業組合とで、これについて事前に合意することにした。